震災の記憶の四 翌日から

何回かの余震に薄眼は開けましたが、他の人よりはぐっすりと寝ただろう夜が明け、寒さのために目を覚ましました。書いていて思い出しましたよ、今夜は蒸し暑いですがあの日は寒かった。布団を着ていても暖房も何もない条件ですから室温もそれなりです。
外はまだ誰も起きだしていないのか静かでした。駐車場の家族に水の確保を最優先に行動するように伝えて職場へと急ぎました。
まず第一にやることは従業員の安否確認。とはいえ、通信手段が限られていますのですぐに手詰まりになります。そうなったら、職場の片づけ諸々の雑務に入ります。昼過ぎには発電機が用意され、ネット経由でTVが見られるようになりました。ひとしきりの報道を目にした後は安否確認と片付けの繰り返し。電気がないので夜は暗く危険になります、信号も動いていないので明るいうちに帰りましょうということで夕暮れ前に撤収。
家に帰ってやることは薄明かりの中で掃除を進め、寝床を確保。暗くなってしまえばやることもなくなります。星明かりを眺めて貴重なたばこを一服したら就寝。
仕事他のストレスからすべて解放された状態です。否応なく健康的な時間サイクルを余儀なくされる生活ですから、人によってはものすごいストレスでしょう。水も限られ、食料も限られているなか普通は物凄いストレスなはずです。でも、不謹慎かもしれませんが自分は変わってまして、完全ストレスフリーといって差し支えない状態でした。地震の当時は重度の胃潰瘍を患っていたんですが、この地震後は薬も飲まないのにというか、薬を飲む水がなかったのですが、それにもかかわらずすっかり調子が良くなりました。このことを契機に、長生きしたけりゃ転職したほうがいいかなと思うようにもなりましたけどねw
そんなこんなで、水なし、電気なし、ガスなしの生活が続いて行き、当然風呂も入れないし、良い機会なので髭も伸ばしてみたりしてました。
[PR]

by marchbrown | 2011-06-30 20:33 |